遺言書の書式や遺産相続

遺言の書式や書き方

母の遺言は絶品の味わい

私が高校2年の秋に母が他界しました。
乳癌でした。
母の癌が見つかったときに、癌はかなり進行していて、家族には「覚悟するように」と医師から告げられました。
母は即入院にないり、一人娘の私は、家では父と二人の生活になりました。
学校が終わると毎日母の病院に寄りました。
私はそれまで家でしていたのと同じように、母に学校での出来事を話していました。
そして、私のはないsが一通り終わると、いつも決まって母は家の様子を聞きたがりました。
それまではすべて母が家事をしてくれていたので、正直、家事は何をどうしていいか分かりませんでした。
食事は毎朝トーストと卵焼きになり、夕食も父が買って帰ってきてくれるお惣菜が並びます。
私といえば、せいぜいお米を炊くくらいしかできません。
最初はそんなことを話したら母が心配すると思い、母に聞かれても「大丈夫」とはぐらかしていましたが、毎日聞かれるので、次第に家の様子を母に話すようになりました。
そして、放課後の母の病室は私の家庭科教室となりました。
洗濯機で洗って良いものとクリーニングに出すものの分け方から、簡単なスープの作り方など、母から病室で教えてもらうようになりました。
家で母に教えてもらったスープを作って待っていると、父もとても喜んでくれるので、私は毎日病室で母に「他に何か作れるもの教えて」と教えてもらい、母は翌日にその料理が成功したのか、失敗したのか、私からの報告を楽しみに待つという毎日です。
そんな日々はあっという間に過ぎ、最後の頃になると母から毎日レシピを教えてもらうことはできなくなり、ただ眠る母の手を握り、時が過ぎるのことをただ恐怖の気持ちで感じていました。
そして、夏が終わり、秋になったころ、母は静かに永眠しました。
葬儀を終えてしばらくした休日に、父が母の病院から持ってきた荷物の整理を始めました。
私はただ黙って、見覚えのある母の寝間着やカーディガンを処分箱につめるのを手伝っていました。
父が母が大事にしていた箱を開けると、そこに「加奈へ」と書いた私宛の手紙がありました。
母から私への手紙でした。
そこには、最後の日々、母が私に病室で教えてくれたレシピの数々が丁寧な字でびっしりと書いてありました。
そして私が失敗したものについては、失敗しないコツも丁寧に、丁寧に書き込まれていました。
手紙はたくさんのレシピのため、何十枚にも及びました。
このレシピが、母から私への遺言だったのです。
私は今、2児の母になっていますが、この母のレシピを今も大事に持ち続け、「おばあちゃんの味だよ」と子供たちに伝えています。

Menu

  • 遺言書実例

  • 遺言書遺産相続体験談