遺言書の書式や遺産相続

遺言の書式や書き方

遺言を残す大切さと残された家族

遺言、といえば死ぬことを連想するので忌み嫌われがちな言葉ですが、これは故人にとってはもちろん、家族にとっても大切な事柄です。
昨今は「終活」というように、自らの葬儀や死後の手続きなどを、生前から精力的にとりおこなうことも珍しくはありません。
エンディングノートというものも増え、遺言を残すことはより身近なことになっています。
しかし、死後どうしてほしい、どのように弔ってほしいかなど、日頃から考える人は多くはないでしょう。
さらに家族間で話し合うことのできる人は、もっと少ないことでしょう。
しかし、それが重要なのです。
生きているうちに。
死んだあとの話をするなんて縁起が悪いと考える方も多いでしょうが、生きている内に話さねば、いつ死後の望みを伝えることができるのでしょうか。
家族だからこそ、話しにくい内容ではありますが、本人の望みを汲み取るチャンスを失うと、万が一、家族の誰かが亡くなったときには、故人も遺族も後悔する形になります。
そうなると後には戻れません。
元気な内から、最期の話をすることにためらいを感じるでしょうが、大事なことですので、家族間で話す機会を持つべきです。
例え話しづらくとも、一度勇気を持ってそのような機会を持てば、いざという時に必ず心の支えになります。
本人が望む形で旅立ちの準備をすることが、家族にとって一番救われる行動にもなるからです。
本人もまた、家族を思いながら旅立つことができるので、お互いに理想的な形で最期を迎えることができます。
生前から死後の準備を進めることは非常に辛いことでしょうが、勇気を出して取り組むべきです。
自分がもし死んでしまったら…なんて誰もが一度は考えたことがあるでしょう。
しかし健康なうちに、具体的に考えたことのある人は限りなく少ないはずです。
私の母は昨年末に末期ガンのためにこの世を去りました。
あっという間の最期でした。
ですが、私たち家族はいま何ひとつ後悔はしていません。
それは、母が遺言を残していてくれたおかげです。
延命治療についてのことから、葬儀の形、納骨先まで、きちんと意思を残して旅立っていったのです。
生きている内から、自分の死後を考えることは容易いことではなかったはずです。
その母の勇気のおかげで、残された私たち家族は救われました。
母の遺志に沿って、母の望むように行動できたからです。
悲しみに暮れながらも、母のためにと歯を食いしばって葬儀や納骨を済ませたいまでは、清々しい気持ちさえ湧き上がってきます。
もちろん、寂しい気持ちは強く、今でも涙を流す日は少なくありません。
しかし、それは後悔の涙ではなく、母を恋しく思ってこその涙です。
人は誰しも命を持って生まれ、必ず最後の日を迎え旅立って行きます。
その時に、本人にや家族が後悔しないためにも、遺言を残すことは大変重要なことなのです。
正式な文書と限らずに、お互いに話し合って、死後の望みを叶えてあげるのも、家族として最後にしてあげられる大切なことです。
後悔の涙をお互いに流さないためにも、勇気を持って話し合い、もしもの時を考えて準備を進めていく必要があります。
この「終活」ブームの現代社会は、改めて遺言の大切さを見つめ、考えていく重要なタイミングでもあります。

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